祭囃子

雑踏の中、たらたらと妹と手をつないで歩く。
太鼓や笛の音が元気良く響いている。
ソースがこげたにおい。
わたがしのあまったるい香り。
うん、祭りだ。
「おにーちゃん、あれかってー!」
「ん、なんだよ?」
妹が指し示す方には、うさんくさい屋台がぽつんと。
ちゃちなおもちゃを売っているみたいだが、不思議と周りには誰もいない。
子供が寄っててもおかしくないのに、小汚い格好のおっさんが店番をしているだけだった。
「……どれだよ」
係わり合いになりたくない。
そう思ったものの、こんな人の多い場所で泣かれるのも困る。
仕方なく手を引かれるままに屋台の方に向かった。
俺たちが近寄っても、いらっしゃいとも言わない。
こんなヤツの店で買うのは嫌だな。
だが、妹は店先に並べてある小汚い人形に御執心のようだ。
汚いのは汚いんだが、かわいいと言えなくもない。
だけどなぁ……。
「ねえ、おにーちゃん、かってよぉ」
たしかに母さんからいくらかお金は預かっているけど。
うーん。
値段も書いてないし。
「すんません、いくらっすか、これ?」
無言で電卓を見せられた。
つくづく愛想のないオヤジだ。
提示されたのは俺の分と妹の分、あわせたらかえなくもない金額だった。
「おにーちゃん……」
く、仕方ない。
「じゃ、コレで。もらってきますよ」
「ん」
「え? オマケ、かなんかっすか?」
ぐいっと何やらビニール袋を押し付けられた。
中を覗くと、その人形用であろう、色とりどりの服が入っていた。
よく見ると15cm程度の小ささながら、かなり精巧にできている。
「えへへ、ありがと、おにーちゃん」
「……ま、かわいい妹の頼みだからな」


家に帰るなり、妹はその人形に夢中になった。
何がそんなに良いんだろうか。
お風呂で汚れが落ちるまで丹念に洗っていた。
部屋に戻って一息。
「ふぅ……ん?」
何気なく額に当てた手が違和感を覚えた。
おかしくないか?
この時間帯で、この蒸し暑さで。
なのに脂が全然ない。
まるで洗顔した直後みたいだ。
「おにーちゃん、きれーになったよ」
「ん? お、ホントだなー」
妹がわざわざ俺に見せに来た。
そんなことしなくてもいいのに。
呆れながらも頭を撫でてやる。
「いまからきせかえっこするのー」
「そうかそうか。悪いけど、お兄ちゃんはこれから宿題しないといけないんだ」
「うん、あたし、いい子にしてるよー」
パタパタと小さな足音を響かせながら行ってしまった。
やれやれ。
かわいいのはかわいいんだけどなぁ。
10も歳が違うと、やりづらくてしかたがない。
さて、たしか数IIの47Pっと……。
「……んん?」
な、なんだ!?
服がぐにょぐにょとゲルっぽく変形していく。
肌を這う感触がキモチワルイ。
必死で脱ごうとしても、つかむことすら出来ない。
「うわああ!」
波打っていた服がだんだん静かになってきた。
だが、ソレはすでに原型を留めていなかった。
「め……メイド?」
清楚な黒いワンピースにふわふわの純白エプロン。
めくってみると、ふとももまでのニーソックス。
そしてこれまた白い、けどレースがついて色っぽい女性物の下着。
その小さな布は突起を包んでいるとは思えないほど、まっ平らだった。
「な、なあ!?」
あわてていつも使っている姿見に駆け寄る。
背中まで届く髪を振り乱した、ひどい形相の女が映し出されていた。
美人は美人だけど……。
頭にはフリルのカチューシャがのっかっている。
「どういうことだよ、これ」
気がつけば声まで。
胸にも巨大なふくらみができていた。
小さめのメロンぐらいないか、これ?
触ってみようと手を伸ばしたとき、ふたたびぐにゃりと服が波打った。
「う、うわっ」
2度目で慣れたかって、そんなわけがない。
気持ち悪いことこの上ない。
今度の服は学校用の水着だった。ご丁寧に「2−D 高瀬 要」と名前まで書いてある。
でかい胸がはちきれそうな感じだ。
ゴクリ
「さ、触っても良いよな?」
ふよん
「あふっ」
やべ、気持ちいい。
もっと。もっと欲しい。
3度目のぐにゃりだ。
ぶわっ!!と音を立てながら生地が広がっていく。
なにかと思ったら、中世ヨーロッパ風の華美なドレスだった。
だが、今回は胸を触るどころではなかった。
ギリギリギリギリ、コルセットで腹をしめつけられている。
身動きどころか、息をすることすらつらい。
「は、はやく変わってくれぇ……」
のたうちながら、そう願うしかなかった。
しばらくして4回目の変形が起きた。
「はぁ、はぁ」
息ができるのが素直に嬉しい。
次はゴスロリ、と呼ばれる黒と白の衣装だった。
メイドと何が違うのかは良く分からないが、友人に言わせると違うものらしい。
まあ、たしかに働くにしては装飾が多すぎるな。
フリルやらレースやらが大量にかざりつけられている。
足にはごっつい厚底のロングブーツまで。
メイクも可愛いんだけど、ちょっとケバい。
そういえば、さっきまで髪型とかは変わっていなかったのに、今回はものの見事に変わっている。
何ていえば良いのか。
チョココロネ?
ドリル?
つまり、まあ、極端な巻き毛だ。
本気でクルクルだ。
「おにーちゃん、あれ? おねーちゃん、だれぇ?」
「え、あ」
やばい。
どうしよう。
親はいないけど、騒がれたら近所の人が通報とかしかねない。
「おねーちゃん、このおにんぎょさんとそっくりだね!」
ぐいっと手に持っていた人形が突き出された。
あ……。
まさに妹の言うとおりだった。
これは俺だ。
つまり、奪って全裸にしてしまえば元に戻るんじゃないか?
「それ、ちょっと貸せ!」
「やっ、やだぁ!!」
ダッと駆け出す妹。
俺も後を追おうとして、ヒールのせいでハデにこけた。
妹まで巻き込んで。
「あっ」
「きゃあ!」
人形が宙を舞って。
壁に叩きつけられた反動でぐしゃっと壊れてしまった。
「あ、あ、あたしのおにんぎょさん!! うえ、うわぁああんっ」
「あ? あれ? 私いったい……。あっ、泣かないで。ね? ほら、私の持ってるの、なんでも持ってっていいから。ね?」
なにがあったのか覚えてないけど、目の前で泣いているかわいいかわいい妹を抱き締める。
ころんで泣いちゃったのかな?
お人形って言ってるけど、そんなのどこにも見えないし。
「ほ、ぐしゅ、ほんとに?」
「ええ」
「んと、じゃあ、これ!」
「わ、わかったわ。約束だものね?」
よりによって、一番のお気に入りを指差された。
高いのに……。
6歳のクセにちゃっかりしてるわ。
……そろそろこの子にも、ゴスロリ着せちゃおうかしらね、素質ありそうだし。
うふふ、二人で買い物に行くの、楽しみ♪


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