ケータイ

ケータイが降って来た。
文字通り。
僕の目の前でコンクリに跳ね返り、足元に滑ってきた。
拾い上げて、頭上を仰ぐ。
ビルでもあるならまだ分かる。
だけどここはだだっ広い公園だ。
誰かが投げたとは思いにくい。
降って来たケータイに目をやる。
あ、色違いだけど、僕のと同じだ。
人気がある猫のキャラクターのストラップがひっついている。
って、あれ?
僕のケータイは?
ポケットを探る。
リュックを開ける。
どこにもない。
あれ?
そのとき、持っていたピンクのケータイが鳴りだした。
小塚愛の新曲だ。
僕も好きなんだよね、あの娘。
って、非通知なんだけど、これは出た方が良いのかな。
大きな音のせいでさっきから、周りの注目を集めている。
仕方ない。
「も、もしもし。あの、このケータイ拾って」
『やぁ、葛木くん』
「えっ?」
僕の名字だ。
あてずっぽで当たるような、ありきたりな名前じゃない。
つまり、僕に向かってこのケータイを放り投げたってこと?
『いやいや、キミの思っていることは間違っているよ。あと、私がどこにいるか探してるみたいだけど、絶対に見つからないと断言しておこうか』
なんで僕の考えが読めるんだろう。
不思議でしょうがない。
声質が似てるヤツは知ってるけど、こんなしゃべり方じゃないし。
「あの、あなたは」
『いやいや、私のことはどうでもいい。それよりキミのことだ』
「え?」
『キミのケータイ、電池パックの蓋に傷が入ってるよね。裏を見てごらん?』
絶句した。
本来僕が持っていたのと、大きさも位置も同じ傷がついていた。
こんなのって……。
『キミのはなくなったよね。新しい、ピンクのケータイと引き換えに』
「何を言って」
『分からないかい? 分からないだろうね。でも大丈夫、もうじき分かるから』
腹の立つしゃべり方をする男だ。
『データフォルダを見てごらん。フォトフォルダだよ。その一枚目、キミが映っているから』
電話が切れた。
気になって言われたとおりに操作をすると、大量の写真が入っていた。
メモリほとんどを使ってるんじゃないかな。
「これ……女の子じゃ」
当たり前だ。
あの男にひっかけられた。
女の子のケータイに、持ち主っぽい娘の写真が入ってるのは不思議じゃない。
まったく。とんだドッキリだよ。
へぇ、かわいいなぁ。好みかも。
ケータイ拾ったことでお近づきになれたりしないかな。
また非通知で電話がかかってきた。
前回ほど躊躇せず、通話ボタンに指が動いた。
『女の子だって思ったかい? キミのタイプだろう? でも、それはキミだよ』
「何を言って」
『ほら、ほらほら、ほらほらほら』
……なんだ、コイツ。
『うん。かわいいよ。素敵だ。そうそう。この通話が終わったら二枚目の写真を見てごらん。私といっしょに映っているから。うふふふ、楽しみだよ、次に会うときが』
切れた。
気持ち悪いヤツ。
ふと、男たちの視線が気になった。
そりゃ、僕だってモヤシだけど成人男性だし、ピンクのケータイはないよね。
ふう。
ズボンに突っ込もうと思ったけどポケットがなかった。
っていうか、スースーする。
なに、これ?
スカート?
え?
ケータイのハーフミラーで確認する。
あ、さっきの写真の子だ。
え?
僕?
さらさらした肩甲骨までのストレートヘア。
全体的に小さいパーツの顔。
化粧はばっちり、唇ぷるぷる。
小柄な体に不釣合いなほど大きい胸。
くびれた腰。ふくれたお尻。
ふあっとした黒いタートルネックに、ウエストの高いグレーのニットワンピ。
胸を迂回して肩にひもがかかっている。
さみしい首元には大粒のネックレス。
足元には皮のショートブーツ。
ストッキングは薄手で紫色。
さっきまで持っていた多機能リュックは、チェック柄のころんとしたボストンバッグに。
女の子?
女の子。
呆然としていると、お兄系の男が近寄ってきた。
「ねぇ、カノジョ! 俺たち暇なんだけどさぁ」
「ご、ごめんなさい!!」
わけもわからず僕は駆け出していた。
がむしゃらに家までたどり着く。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「ぼ、僕、女の子になっちゃって」
「もう何言ってるの、アンタ。冗談に付き合ってる暇はないんだから」
「か、母さん……」
植木に水をやっていた母さんに泣きついた。
でも、当たり前のことみたいに無視されてしまった。
どうすればいいんだろう。
あ、あいつの正体、ケータイ見ればわかるかも。
急いでバッグから取り出す。
二枚目の写メ。
そこに映っていた男の人は、親友の……。
「やぁ、僕が君のご主人さまだよ」


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