二者択一の恋(1)

「っ、ゆた、ぁっ」

部屋に入るなり、黒色の塊が飛び掛ってきた。
腰まである髪を振り乱しながら、オレにしがみついて泣きじゃくっている。
別に『敵』じゃないから攻撃はしないけど、いつものこと過ぎて、げんなりだ。
コレが姉を名乗ってるんだと思うと情けなくて仕方ない。
しかも二卵性とはいえ、双子。
正直、ありえない。
「うぇ、くっ、ふぁああんっ」
「んだよ、うっとうしい」
「あ、あのね、ぅくっ」
「泣くなよ! もう高校生だろうが!!」
毎度毎度、うじうじうじうじ!
1週間前までは良かった。
オヤジはともかく、母さんがいたから。
母さんがオヤジの出張について行ったせいで、二人きりになっちまった。
それ以来、何かあると、毎回オレのとこに泣きに来る。
何度、蹴り飛ばしてやろうと思ったか。
「ひっ……ご、ごめ……ぅっ」
ぐじゅぐじゅと鼻水をすすりながら謝る。
謝って、それからまた泣く。
そんなにオレの時間を奪いたいのか、コイツは。
「話を聞いてやるから、さっさと着替えて来い! シワになるだろ!」
「あ、ごめ、なさい……」
古臭いセーラー服をまとった災厄が、ようやく俺の部屋を出て行った。
ったく、オレの方が泣きたいよ。

着替えを済ませて、リビングに降りる。
コーヒーを入れるためにお湯を沸かしていると、湿っぽい気配を感じた。
横目で確認すると、廊下の角から陰気な顔がのぞいていた。
「さっさと入って来いよ」
「あ、う、うん」
白い肌も黒々とした髪。
遺伝的に日焼けしないのか、色白なのはオレも一緒だ。
だから、並んでると姉妹に見られることも多いが、この際それは関係ない。
問題なのは服装。
オレだって別に特別オシャレというわけではないが、姉貴の服装はどうかと思う。
何しろ黒と白の服しか持っていない。
今だって、葬式にでも行くのかと思うような、黒一色のワンピースだ。
それでなくてもうっとうしいのに、余計に気が滅入ってしまう。
はぁ……。
ため息をつきつつ、インスタントのコーヒーを自分と姉貴の前に置く。
「それで、今日は何だよ」
「あ、のね?」
涙目で上目遣い。
見てくれが薄幸そうな美少女だから、大人にとっては破壊力抜群なんだろう。
そうするだけで、子供の頃からだいたいのことは許されてきた。
その結果が、このどうしようもないほど泣き虫で甘ったれな性格だ。
おかげでオレがどれだけ悪役にされたことか。
どうせ今日だって同じだろ。
「聞いてる……?」
「あ?」
「あのね、私」
「んだよ」
「好きな人、いるの」
「あ、そ」
あほくさ。
なんで好きな人がいるぐらいで泣かなきゃならないんだ。
あ、コーヒー薄いな。
やっぱり粉が少なかったか。
いや、それ以前に、ちゃんとフィルター買ってきてドリップにするべきだな。
「もう、お姉ちゃんの言うこと、ちゃんと聞いてよぉ」
「へーへー。聞いてるって」
高校生にもなって、自分のことを「お姉ちゃん」はないだろうが。
だいたい数分の違いだっての。
「……豊、そんなんじゃ女の子にもてないよ?」
お前みたいなタイプにモテたくないから大丈夫だ。
オヤジはどうでもいいけど、母さんはやく帰って来いよな。
いい加減、ストレスで暴れたくなる。
「今はオレの話なんてしてないだろ。用事ねぇのかよ」
「ある! あるから行かないでぇっ」
また泣きかける。
もしかして、オレを憤死させるつもりだろうか。
それなら、あともう一押しされたら、逝ってしまいそうだが。
「あの、ね? その人に告白したいんだけど……」
「すれば良いだろ」
「は、ずかしくて……」
だからなんだ。
じーっと目を見ていると、俯いてしまった。
まったく、オレにどうしろってんだ。
その男に「オレの姉貴と付き合ってください」って言ってやる?
あほか。
そんなことしてやるつもりは毛頭ない。
あ、女装っていうのは手だな。
うん、我ながらいい考えだ。
姉貴と同じようなカツラ買ってきて、そうだな、服ももっと可愛い系がいい。
パステル調で、ふわふわしたやつ。
ふふん、姉貴より絶対に美少女だな。オレの方が。
それで「あのね、私と付き合って、ほしいな?」なんて……。
「って、んなワケあるかぁぁあああっ!!」
「ひっ!? ご、ごめ、なさっ」
なんだ今のイメージは。
なんでオレが見たこともない男相手に、告白しないといけないんだよ。
「はぁ……はぁ……。で、相手は?」
「幸田真人、くん。同級生で、ね? かっこいいんだよ、すごく」
「まひと?」
幸田って苗字はともかく。
名前だ。
真人なんて、そうそうある名前じゃない。
ってことは……やっぱり、前に試合やったトコのやつか。
180以上はあったよな。
草野球だってのに、デカいの打ちやがって……。
いや、ホームランを打ったってのはどうでもいい。
それよりも、こけそうになったオレを片手で受け止めたってのがムカつく。
チャラそうなカッコのくせに、筋力見せ付けやがって。
「ねえ、聞いてる?」
「聞いてるってんだろっ。で、どうしたいんだよ」
「ぁ、昔のこと、覚えて、る?」
「あ?」
「ほら、お守り交換して、寝た、ら、入れ替わってた、の」
「っ、あぁ、アレか」
「それ、試してほしいの」
つまり何か。
あの忌まわしい記憶をもう一度ってか?
で、入れ替わったオレに、告白して欲しいって?
あんな非現実的なこと二度と起きるわけない。
「ああ、いいぜ。その代わり、変化がなかったら、後は何もしないからな」
「う、うん。わかった」


お守りを取り替えたら入れ替わるなんて、誰に言っても信じないだろう。
ガキのころの白昼夢みたいなものだと思っていたかったのに……。
でも、事実、オレは今、姉貴の代わりにセーラー服を身につけている。
着替えの時にお互いをフォローしながらやっていたせいで、無駄に時間がかかってしまった。
おかげで今日は弁当なしだ。
食堂か、購買かで買うしかないな。
気を紛らわそうと、昼飯のことを考えながら歩いていたら校門が見えてきた。
と、後ろから軽い足音と共に、姉貴とは違って明るい声が飛んできた。
「おはよー、姫、元気ぃ?」
ひ、ひめ?
姫井だから、姫?
あのくそ姉……なんだってそんな呼び名を認めてんだっ!!
って、告白のことしか考えてなかったけど、姉貴のまねをしないといけないのか?
「あ、おは、よ。元気だよ」
ああ、もう、しゃべりにくい。
どのタイミングで区切ればいいのか、さっぱりだ。
「……あんた、姫井恵だよね?」
「え? なん、で?」
やばっ、さっそくバレた!?
女ってするどいな。
それ以前に姉貴のフリをするというのが、やりづらくてしかたない。
「あ、いや、髪形がさぁ、ほら、いっつもうっとうしくないのかって思うぐらい垂らしてるのに、今日は分けてるじゃん。イメージ違うなってさぁ」
なんだ、髪型のことか。
いつも姉貴がやってるみたいにしたら、前が見づらくて仕方なかった。
だからいっそのこと、顔を晒してやろうって……。
自分に似た顔を褒めるのもなんだけど、可愛いんだし、別に良いだろう。
……この際だからショートにでもしてやろうか。
「あ、気分、転換しようと思って……」
「ふーん。それよりさ、中入んないの?」
「あ、うん。入る、よ」
幸いなことに、深く詮索はされなかった。
あっさりした性格の人で助かった。
朝から根掘り葉掘り聞かれたんじゃ、用意する間もなくボロが出ちまいそうだし。
その点じゃ姉貴の方が心配だけどな。
男子校だし、大丈夫か……?
っと、こっちに集中、集中。

さて……たしか姉貴の教室は2年C組、だよな。
で、席は真ん中後ろから2番目、と。
OK、シミュレーションはばっちりだ。
「ああ、そうそう、昨日のアレ見た?」
「え、アレ、って?」
「うっそ、見てないの!? 占いのヤツだってばぁ」
くそ、見てねぇよ。
そういや姉貴が飯食った後に、テレビつけてたけど気にしてなかったし。
女ってマジでこういう話題、好きだよなぁ。
「う、うん。ごめ、なさい」
「ああ、もう! 謝んなくって良いって!」
若干げんなり、という風情。
やっぱりこの性格、受け入れられてないんだなぁ。
母さんに泣きつくのを聞いてる限り、イジメとかはないみたいだけど。
あったら、登校拒否とか起こしてるだろうし。

教室についてからも、特に波風なくホームルームに移ることが出来た。
何というか、挨拶してくる人も、腫れ物に触るように慎重だ。
髪型のことも、さっきと同じような言い訳で納得したそぶりを見せるし。
顔を見るといぶかしげだが……。
やっぱり学校でもすぐ泣くんだろうな。
ったく、恥だな、恥。
組みそうになった足を慌てて直しながら、真人の方をうかがう。
思っていた通り、この前対戦したチームのヤツだ。
相変わらずでっかいな。
見てる限りでは軽そうだが、別に女子に話しかけるわけでもない。
見かけだけか?
ホモ……ってことはなさそうだし。
そんなもん、男子校だけでお腹いっぱいだっての。
あ、気をつけろって伝えてないけど、大丈夫だよな、姉貴。
だいたい言い寄ってきたアホは、撃退してるし。
そんなことより真人だ。
何が気に入ったか知らないが、姉貴はあのデカイのが好きらしい。
しかし、何が良いのか分からない以上、告白してもな。
どうする?
後数日、様子を見るか?
このセーラー服姿で、数日間……?
勘弁してもらいたいな。
「はぁ……」
ため息にあわせるように、真人がこちらを向いた。
お、目があった。
そのくせ、すぐにそらしてしまう。
そっぽを向いているのに、オレの方を伺っているのが良く分かる。
何だろう。
もしかして、あいつもオレに、っていうか姉貴に気があるのか?
それならやりやすい。
男なんて、アホだからな。
ちょっとキレイな顔を近づけてやったら、すぐ落ちる。
……って何を男の落とし方なんて考えてんだ、オレは。
さっくりと手紙で放課後にでも呼び出すか。
まさか1日で片がつくとは思ってなかったけど、これなら楽で良い。
姉貴の真似をするなんて、精神衛生上大変よろしくないし。
っと、みんな授業の用意をしてるな。
ん、古文か。
得意分野だし、教科書を見た感じさっと訳せる。
じゃ、授業時間を使って内職と行きますか。


オレの通ってる学校なら、内職してたらまず当てられるのにな。
1時限目はヒヤリとする場面すらなかった。
……たぶん、当てられても姉貴じゃまともに答えられないから、だろう。
ま、どうでもいいけど。
むしろ好都合だ。
それにしても、少し困った事態になってしまった。
姉貴みたいに丸っこい字を書こうとしてみたのに、全然ダメだった。
昔はガキすぎて気づかなかったけど、能力はそのままなんだな、入れ替わっても。
どう見ても、半端でいびつだ。
これじゃあ呼び出す手紙としては不向きだろう。
「ふぅ」
「姫ー、次、体育だよん? 憂鬱なのは分かるけど、ちゃんと出とかないと単位もらえないぞ」
ポニーテールの活発そうな娘が、なれなれしく肩にのしかかってくる。
この人が姉貴がたまに話してる『友達』か。
一人についてしか言わないから、他にいないんだろうなぁ、性格上。
名前は……なんだっけ。
カコちゃんとか呼んでた、よな。
「あ、うん。行く、よ。カコちゃん」
「ん? 姫、今日はなんか雰囲気違うくね?」
よし、ツッコミなし。
本名は知らないが、呼び名はこれで良いんだろう。
「あの、ね。髪型、変えた、から」
「……あーっ! それか! おお、良いじゃん。似合ってるよ」
「ありが、と」
礼を言って立ち上がる。
たしか、このバッグの中に……。
って待て。
ここってブルマじゃなかったか!?
つまり、オレが履くのか!?
古臭くて無駄に伝統があるせいか、たしかに制服も昔っぽいし。
でも、スパッツにしようよ、スパッツに!!
履きたくないよ、ブルマなんて!
見て楽しむもんだろ、アレは!
ええっと、こういうときは……。
「ん? どしたー?」
「あ、のね? きょ、今日は、あの日、で」
「あれ? あんた先週だったじゃん。何ウソついてさぼろうとしてんだよ。いつものことだけどさ」
……タイミングわりぃ……。
ケタケタと笑いながら、ポニーテールの彼女は先に行ってしまう。
って、ついていかないと更衣室の場所わかんねぇし!
オレは体操服がつまったバッグを持って、後を追うしかなかった。

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