二者択一の恋(5)

指定された場所にいくと、真人はすでに待っていた。
手持ち無沙汰な感じにケータイをいじくっている。
昼間はとっさに良いと言ったけど、行きづらいな。
今日一日大丈夫だったんだから、バレることはないにしても……。
リリリリン、リリリリンッ
物陰から様子を見ていると、カバンがけたたましい音を立てた。
あわてて取り出すと、電話は真人からだった。
「も、もしもし」
「あー、姫井? 今どの辺?」
「え、あ、もう、すぐつく、よ」
「そっか。それじゃあ、待ってるから」
本当のことを言ってから、後悔した。
これで逃げられなくなって、逆に良かったと考えるべきだろうか。
曲がり角から小走りに真人の方に向かう。
ローファーってなんでこんなに走りにくいんだ。
ウチの学校みたいにスニーカーにしてくれればいいのに。
しかも体力がないから、30mほどの距離でもすぐに息が切れてしまう。
「はぁ、はぁ、おまた、せ」
「すまん、せかしたか?」
「うう、ん。そんなこと、ない、よ」
「そうか?」
「うん」
二人して沈黙。
姉貴があんまりしゃべる方じゃないって知ってるだろ。
話題提供してくれよ。
気まずいからさぁ。
「えっと、じゃあ、行こうか」
「え?」
がっしりと力強い腕が伸びてきた。
それに似合わずやさしい動きで手を握られる。
我慢だ、我慢。
振り払うわけにはいかない。
女の子なら好きな人に手をつながれたら、嬉しいはず。たぶん。
「あ、の、どこ、へ」
「どこ行きたい? 普通だったら、カラオケとかゲーセンとか行くんだけど……そういうの苦手そうだよな」
「あ、う、ん。でも……」
「何? 言ってみろって」
「ぬいぐるみ、好き」
姉貴の部屋はファンシーな動物たちと少女小説で埋まっていると言ってもいいぐらいだからな。
どうせだからコイツにプレゼントとして取ってもらおう。
まあ、オレも頼まれてやったりするから、苦手じゃないけど。
「それなら、UFOキャッチャーが多いゲーセンにでも行くか」
「う、うん」
二人で手をつないだまま歩き出す。
さすがに夕方だけあって、駅は人が多いなぁ。
特に学生や、帰宅途中っぽいリーマンがうじゃうじゃ。
キョロキョロしていると、前から来たお兄さんにぶつかりそうになってしまった。
「っぶねぇなぁ……」
「あ、す、ごめ、なさ」
幸いいちゃもんつけられることもなく、やりすごせた。
いつもだったら、絡んでくるのがいるからなぁ……。
女だってことと、デカいのを連れてるってのが大きそうだ。
その真人が急に肩を抱き寄せてきた。
嫌悪感が顔に出たのか、言い訳がましく口を開いた。
「いや、ぶつかると危ないだろ。もっと密着した方がいいかと思って……」
彼氏の行動としては、そう間違ったものではない気もする。
いきなり大胆だ、とは思うけど。
でも、実際、姉貴ってすぐふらふら〜っとこけそうだもんな。
心配する気持ちも分かる。
その心遣いに免じて、オレも彼女っぽく振舞ってやるか。
「ありが、と」
微笑みながら、さらに体を密着させてやる。
歩きにくいけど、これなら恋人みたいで真人も悪い気はしないだろう。
数分行ったところに、そのゲームセンターは建っていた。
カップル御用達というか、これ、男だけだと入るの無理じゃないか?
そう思うほどプリクラの機械とぬいぐるみしか置いていない。
ほんの数台、アーケードゲームもあるけど、閑古鳥が鳴いているみたいだ。
実際、中にいるのもきゃわきゃわとかしましい女子高生がメインだ。
うるさくないにしても、今のオレもその一人になるんだけど。
「姫井はどんなのが好きなんだ?」
「え? あ、う」
最近姉気がよくねだってくるのは、と。
店内を見回すと、ちょうど同じキャラクターのが見つかった。
「この、ブタの、が……」
「へぇ、これかぁ」
オレが駆け寄った機械の中には、四角っぽいブタがわんさか積んである。
白と黒の2色だけなんだけど、どうもお気に入りらしい。
服もモノトーンがほとんどだしなぁ。
「んー……どれがいい?」
「えっ、と」
奥に乗ってる白いの、取れそうだな。
でも、それを言うべきかどうか。
あ、どうせだし、もっと喜ぶようなこと言ってやるか。
「幸田くん、が」
「ん?」
「取ってくれた、ら、それが、一番、いいよ」
「そ、そっか」
さすがに恥ずかしかったのか、両替してくると言い置いて離れていった。
いや、言っておいてなんだけど、オレ自身もかなり恥ずかしかった。
真人はすぐに戻ってきて、中のものを吟味し始めた。
「あれ……ぐらいか」
目星をつけておいて、百円玉を投入する。
なんだか横で見てるだけっていうのも、緊張するな。
電子音といっしょにクレーンが動き出した。
右に移動して、次に奥へ。
あ、もしかして、オレが取れそうだと思ったのと同じのを狙ってる?
いい感じにアームが止まって、キレイにブタをすくい上げた。
うお、すげ、上手い。
そのまま危なげなく出口にボトン。
「よしっ」
しゃがみこんで、取ったばかりのぬいぐるみを渡してくる。
「ほら、取れたぞ」
「ありがと、真人……くん、て呼んで、いい、かな?」
とっさに名前を呼び捨てにしてしまい、あわててフォローを入れる。
もしかして変に思われたか?
腕に抱えた小さなブタをぎゅっと抱き締める。
「あ、いや、良いよ。それじゃあ、俺も恵って呼ばせてもらうから」
ちょっと照れくさそうに、だけど嬉しそうに笑った。
こんな顔もするんだ。
チャラチャラしてるだけかと思ってたけど、案外……。
案外なんだよ!?
落ち着け、落ち着け。


真人が持ってるビニール袋から、ぬいぐるみの一部が出ている。
4個目も入ってるんだから、当然か。
使った金額は平均で300円ぐらい。
特に配置が簡単というわけでもないのに、すごい効率がいい。
「ま、真人くん、上手だよ、ね」
「そうか? まあ、妹に取ったりしてるからなぁ」
へぇ。俺と同じだ。
戸籍上は姉貴だけど、双子だし、妹みたいに頼りないし。
「あ、妹って言えば、恵も弟がいない?」
「え、あ。いる、けど?」
俺のことか。
やっぱり試合のときに気づいてたんだな。
初対面だし、俺には聞きづらかったんだろう。
「草野球のチームにまざらせてもらってんだけど、対戦したチームに良く似たのがいたんだよな」
「う、ん。おとう、ともやってる」
「恵より小さいよな? 中2ぐらい?」
むかっ。
小さくて悪かったな。
どうせガキみたいに女面だよ。
だけど、今は怒るわけにもいかない。
「同い年だ、よ」
「うそ、マジで!? え、双子?」
「うん」
「だからそっくりなのか……最初は恵が混ざってるのかと思ったもんなぁ」
「こど、ものころ、良く、女の、子とまちがわれ、てたよ」
思い出されるあの日々。
女装させられたり、お揃いの服着せられたり。
何も分かってなかったから、嬉々としてスカート履いてたんだよな。
今思えばありえないけど。
あ、スカートは履いてるな、そういえば……。
「んで、なんか俺、嫌われたっぽいんだ」
「へ?」
「何かした覚えはないんだけど、すっげぇにらまれてさ」
そう言って苦笑。
言われてみれば、完全に逆恨みだよな。
うわ、俺、みっともねー。
「だ、いじょう、ぶ。ちゃん、と言っとく」
「そっか。わりぃな。関係ないのに」
「うう、ん」
外見はともかく、中身は本人だし。
ってか、気に病んでたんだな、そんなこと。
意外にいいヤツだ。
ただの単純な男かと思ってたけど、姉貴も見る目があるかもな。
「あ、時間、大丈夫か?」
会話が途切れたところで、真人が切り出した。
もう6時過ぎてるのか。
たしかに学校が終わってから来たけど……。
それにしても、時間が経つのが早いな。
まだ遊びたいとは思うものの、帰って報告しないと。
「ごめ、ん。今日は、帰らない、と」
「そっか。今度は休みの日に、その、デート、しようぜ」
「あ、うん。また、ね」
「送ってこうか?」
「だいじょう、ぶ。今日はありが、と。たのしかった、よ」
「俺もだ」
真人が一歩近寄ってくる。
ぬいぐるみの入った袋を受け取った。
その瞬間。
「ぁっ」
すっと自然に抱き寄せられ、唇を奪われた。
そのままさっと離れていく。
「う、あ」
「あ、すまん。つい……」
「あやまらない、で。嬉しかった、から」
「そっか。それじゃ、な」
「うん」
顔が赤くなっていることを自覚しながら、きびすを返す。
何度振り返ってみても、真人はそこにいた。
結局、俺が曲がり角を曲がるまで、一歩も動かずに。


「たっだいま〜」
「あ、おか、えり」
スリッパをパタパタ言わせながら姉貴が出てきた。
夕飯を作っていたらしい。
制服のままだけど、フリルたっぷりのエプロンをつけている。
その姿はたしかに男のはずなのに、嫌になるほど愛らしい。
我ながら自己嫌悪に陥りそうだ。
「はぁ、疲れたぞ、まったく……」
そのまま上がり框に座り込む。
家に着いたら、本当に気が抜けてしまった。
「ぁっ、の」
「ん? ああ、上手く行ったぞ。アイツもお前のこと、好きなんだってさ」
「え、あ、ぅ」
なんだ?
嬉しくないのか?
「あ、これ。やるよ。って、真人が取ったんだけどな」
「え……あ、ぬいぐるみ。……デート?」
ビニール袋の中を見て、かすかに微笑んだ。
ほんといい歳してこんなんが好きなんだもんな。
もしかしたら、アクセサリーとか化粧品とかより喜ぶんじゃないか?
さすがにスッピンじゃないらしいけど……。
「仕方ないだろ。誘われて、断りづらかったんだからさ」
「う、ん。たのし、かった?」
「そこそこ、な。って、おい、不満そうな顔すんなよ。明日からいつでも行きゃいいだろ」
別になんだっていいだろう、そんなこと。
まあ、でも、弟に先を越されたってのがイヤなのは分からなくもない。
キスのことも言わない方がいいだろうか。
「そう、じゃなく、て」
「あん?」
「彼のこ、と、どう、思って、る?」
「どうって……。まあ、案外いいヤツじゃないのか?」
なんだ?
俺が真人をどう思ってるかがそんなに気になるのか?
いつもながらに何を考えてるのかわからない顔つきだ。
挙動不審すぎて、読めやしない。
「そ、っか。よかっ、た」
「詳しいことは後で教えるけど、そっちはどうだったんだよ。ヘマしてないだろうな」
「きっ」
「き?」
「気分が、悪いって言って、なんとか、した」
「なるほどな。んじゃ、問題ねぇか」
「う、うん」

寝巻きの代わりにTシャツとジャージを身につける。
正確には、目隠しした俺を姉貴が着替えさせたんだけど。
風呂は元に戻ってから、という意見をごり押した。
イチイチお互いを洗ってたんじゃ、面倒で仕方がない。
「取って、も、いい、よ」
「おう」
顔にまいていたバンダナを外す。
後は寝るだけで、奇妙な一日は終わりだ。
「っと、忘れるところだった。ほれ、お守り」
「あ、うん。はい」
お守りを交換しあう。
いい加減古くなって色あせている。
また暇なときにでも、神社に持っていくかな。
「んじゃ、おやすみ。とっとと寝ろよ。明日早いんだから」
「う、ん。わかっ、てるよ。おやす、み、なさい」
そう言って姉貴は部屋を出て行った。
今日は色々あって疲れた。
ぬいぐるみに囲まれた異質な空間でもよく寝られそうだ。
電気を消して、おやすみ、っと。


ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ
「うっさいなぁ……」
耳慣れない音で目が覚めた。
重いまぶたを擦りながら、現況を探し当てた。
6時、か。
そうか。風呂に入らないとな。
……あれ?
なんで寝たときと同じ部屋なんだ?
お守り入れ替えて、元に戻るはずなのに。
恐る恐る鏡を覗き込む。
やっぱり姉貴のままだ。
効果が切れた、とか言わないでくれよ、頼むから。
姉貴の様子はどうだろう。
パニクって泣いてたりしないよな。
面倒なことにならなきゃいいけど……。
って、もうなってるか。
「おい、入るぞ」
「あ、う、うん」
俺の部屋に入ると、姉貴が横座りでベッドに腰掛けていた。
意外に落ち着いている。
もぞもぞと気まずそうではあるけど。
「まあ、見ての通りの状況だ」
「そうだ、ね」
「心当たりは?」
「ぅ、ぁ」
あるのか。
言いよどむ姉貴を促す。
「なんだよ。何か知ってるのか?」
「ごめ、なさい」
「あ?」
「ひっ……」
一瞬泣きそうになって、でも我慢した。
珍しいこともあるもんだ。
俺の体だから普段泣いてないし、涙腺が締まってるとかか?
にしても、ごめんなさいってのはどういうことだ。
「じ、つは、きの、うね?」
「ああ」
「男、の人に、その、おそわ、れ」
「はあ!? てめ、そんなこと言わなかっただろ、昨日!」
カッと頭に火が点る。
こいつ、どうしてくれようか。
「ち、ちがっ、う! 助け、てもらって、だいじょ、ぶだった」
「……さっさと言えよ、そういうことは」
でも、無事だったなら、どう関係あるんって言うんだ?
「その、助、けてくれた、のが、カコちゃん、で」
「ふんふん」
たしかに、カコちゃんなら男の痴漢ぐらい追い払えそうだ。
体育のときの運動能力を見る限り、すごかったもんな。
あの動きは男性の平均を軽く超えていた。
「こんど、は、カコちゃんに、その、ホテ、ルに……」
「おい、待てよ、おい。なんでそんなことなってるんだよ!?」
「なんだ、か、理想の、人だ、って」
……思い出した。
たしかに言っていた。
『姫みたいな男』がいないかって。
まさか会うと思ってなかったから、特に気にしていなかった。
けど、俺の姿の姉貴なら、まさにピンポイントだ。
「それで、ね? その、あの、カコちゃん、気持ちよく、て」
いろんなことがグルグル回っている。
ピースがそろって、そろそろ全体像が見えそうな予感がする。
俺にとって最悪の絵が。
「わた、し……幸田君、より、カコちゃんの、方が、良くって……。だから、お、まもりの中身、燃や、しちゃ、った」
握り締めていたお守りをあける。
中は見事に空っぽだった。
これってつまり、もう、戻れない?
ガクンとヒザの力が抜ける。
「ゆた、も、幸田、くんのこと、気に入って、た、みたいだ、し。その、あ、ごめ、んね? しあわ、せに、なってね?」
「ご、ごめんで済むかぁーっ!!」
俺には選択肢、ないのかよ……。

(終)


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